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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)10100号 判決 1988年3月24日

原告

公大商行株式会社

右代表者代表取締役

森本秀商

右訴訟代理人弁護士

有田義政

被告

福井行雄

右訴訟代理人弁護士

加藤成一

主文

一  被告は原告に対し次の金員を支払え。

1  金三七万二三九九円及びこれに対する昭和六一年七月一六日から支払ずみまで年三〇パーセントの割合による金員

2  金四七四四円

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し次の金員を支払え。

(一) 主文第一項同旨

(二) 金五三七万五九九五円及びこれに対する昭和六一年七月一六日から支払ずみまで年三〇パーセントの割合による金員

(三) 金一四万二八八二円及びこれに対する昭和六一年七月一六日から支払ずみまで年三〇パーセントの割合による金員

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、金融業を営むものであるところ、昭和六一年三月二五日、オート急便こと頼藤悦次郎(以下「頼藤」という。)との間で、次の内容の継続的取引契約を結んだ。

(一) 原告から頼藤に対する手形貸付、証書貸付等については本契約の約定に従う。

(二) 頼藤が債務の履行を遅滞したときは、日歩二〇銭の割合による遅延損害金を支払う。

2  被告は、同日、原告に対し、右継続的取引により頼藤が負担する一切の債務につき、元金八〇〇万円及びこれに付帯する利息・損害金を限度として連帯保証した。

3  原告は、頼藤に対し、次のとおり金銭を貸し渡した。

(一)(1) 貸付日

昭和六一年三月二五日

(2) 貸付額 一五〇万円

(3) 弁済期

イ同年四月二五日 五〇万円

ロ同年五月二五日 五〇万円

ハ同年六月二五日 五〇万円

(4) 利息の天引額

一五万五九〇〇円

(二)(1) 貸付日 同年五月一日

(2) 貸付額 六〇〇万円

(3) 弁済期 同年六月一日

(4) 利息の天引額 二四万円

(三)(1) 貸付日 同年六月一七日

(2) 貸付額 二〇〇万円

(3) 弁済期 同年七月一五日

(4) 利息の天引額 八万円

4(一)  頼藤は、3(一)の貸金のうちイ、ロを支払つたが、ハを支払わない。

したがつて、別紙計算書のとおり利息制限法に従い残元本等を計算すると、同年六月二五日現在における元本額は三七万二三九九円、未払利息四七四四円となる。

(二)  頼藤は、3(二)の貸金につき、同年六月一日までに三〇万円を弁済し、残金五七〇万円の弁済期を同年七月一日に変更する旨合意したが、右五七〇万円を支払わない。

したがつて、別紙計算書のとおり利息制限法に従い残元本を計算すると、同年七月一日現在における残元本額は五三七万五九九五円となる。

(三)  頼藤は、3(三)の貸金につき、同年七月一五日一八〇万円を弁済したのみで残金二〇万円を支払わない。

したがつて、別紙計算書のとおり利息制限法に従い残元本を計算すると、同年七月一五日現在における残元本は一四万二八八二円となる。

よつて、原告は、被告に対し、連帯保証に基づき、残元利合計五八九万六〇二〇円及びそのうち元金五八九万一二七六円に対する各弁済期後である昭和六一年七月一六日から支払ずみまで利息制限法の範囲内の年三〇パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2の事実は否認する。被告は、一五〇万円の貸金についてのみ連帯保証したものである。被告は、その支払能力からして頼藤のために八〇〇万円もの額の保証人となる意思も能力もない。

3  同3(一)の事実は認める。

同3(二)、(三)の事実は知らない。

三  抗弁

(一)  被告は、頼藤から一五〇万円の保証人になつてほしいとの依頼を受けた。

(二)  被告は、原告担当者大森省一(以下「大森」という。)からも限度額八〇〇万円の保証人となる旨の説明は一切受けなかつた。

(三)  被告は、昭和六一年三月二五日、一五〇万円と記載された金銭借用証書(甲第二号証)と限度額の記載がなかつた基本取引約定書(甲第一号証)に同時に署名捺印した。

(四)  法律知識のない被告は、甲第一号証と第二号証の両方が一五〇万円の借入保証のために必要な書類であると信じてこれらに署名捺印したものである。

(五)  したがつて、被告の八〇〇万円についての保証は、要素の錯誤により無効である。

四  抗弁に対する認否

抗弁(一)、(二)の事実は否認する。

同(三)の事実のうち甲第一号証に限度額の記載がなかつたことは否認し、その余の事実は認める。大森は、甲第一号証該当欄に8、000、000と鉛筆書きしていたものである。

同(四)の事実は否認する。

同(五)の主張は争う。

五  再抗弁

(一)  基本取引約定書(甲第一号証)の表題、印刷文言によれば、仮に八〇〇万円との記載がなかつたとしても、右約定書が継続取引に関するものであることは、一目瞭然である。

(二)  また、一五〇万円の貸付についてのみ保証を求めるのであれば、基本取引約定書(甲第一号証)まで作成する必要はない。

(三)  右の事情のもとで、被告は、甲第一号証に署名捺印しているものであり、被告には重大な過失がある。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一証人大森の証言及びこれにより頼藤作成部分につき真正に成立したものと認められる甲第一号証によれば、請求原因1の事実が認められる。

請求原因3(一)の事実は当事者間に争いがない。

原告の自認する天引額、一部弁済により利息制限法に従い残元本等を計算すると、昭和六一年六月二五日現在における元本額は、三七万二三九九円、未払利息四七四四円となる。

二被告が八〇〇万円を限度として連帯保証をしたか否かについて検討する。

1(一)  被告は、本人尋問において、昭和六一年三月二五日ころ頼藤から一五〇万円の保証人になつてくれと頼まれたと供述しているところである。

(二)  被告本人尋問の結果によれば、被告と頼藤は古くからの友人であることが認められるが、被告が八〇〇万円もの額につき連帯保証をすることを首肯させるに足りる事情、例えば、親友、恩人であることの立証はない。

(三)  証人大森の証言により真正に成立したものと認められる甲第五号証、証人大森の証言及び被告本人尋問の結果によれば、頼藤は昭和六一年六月二五日手形不渡りを出し、原告担当者大森は、その日のうちに被告と会つて保証人として八〇〇万円を支払うよう要求したが、被告はその当時から一五〇万円分しか連帯保証していないと主張していたことが認められる。

2  さらに、被告が一五〇万円のみの保証であると誤解したことを裏付ける事情として、次の事実が認められる。

(一)  甲第一、第二及び第九号証、証人大森の証言並びに被告本人尋問の結果によれば、金銭借用証書(甲第二号証)、基本取引約定書(甲第一号証)及び委任状(甲第九号証)は、昭和六一年三月二五日、被告宅において同時に作成されたものであるが、被告の署名捺印時、甲第二号証にはすでに金額一五〇万円がボールペンで記入され、被告は基本取引約定書(甲第一号証)及び委任状(甲第九号証)のみならず、右のとおり金額がはつきりと記入された金銭借用証書(甲第二号証)の連帯保証人欄に署名捺印し、一五〇万円貸付分の現金の交付も被告の目の前で行われたことが認められる(甲第一、第二号証が昭和六一年三月二五日に同時に作成されたこと及び甲第二号証に金額の記載がなされていたことは、当事者間に争いがない。)。

(二)  甲第三、第四号証及び証人大森の証言によれば、大森は頼藤への六〇〇万円及び二〇〇万円の追加貸付時に、被告に連絡したことはなく、もちろん追加分の金銭借用証書(甲第三、第四号証)に被告の署名捺印を求めることはしていないことが認められる。

3  そこで、被告に誤解があつたことを否定するに足りる契約書の作成、原告担当者による説明(後記4)があつたか否かについて検討する。

(一)  甲第一号証によれば、甲第一号証の基本取引約定書との表題は、法律的知識のない者に対し、継続取引の保証に関する書類であることを認識させるに足りるものとは認められず、継続取引についての保証条項(第二条)は、他の約定とともに細かな活字により印刷されていることが認められる。

(二)  証人大森の証言自体によつても、甲第一号証第二条②の限度額欄は、被告の署名捺印時、ボールペン等により記入されていたわけではなく、鉛筆書きであつたというものである。

(三)  しかしながら、反対趣旨の被告本人尋問の結果並びに後記(四)、(五)の事情によれば、鉛筆書きすらなされていたかどうか疑わしいといわなければならない。

(四)  証人大森の証言によれば、甲第一号証と同じ機会に作成された委任状(甲第九号証)の金額欄は、被告の署名捺印時、何ら記入されていなかつたことが認められる。

(被告は、甲第九号証の金額欄には、「百五拾万」円と記載されていたと供述する。たしかに、甲第九号証、乙第二号証とも、金額欄の「四百五拾万」との記載を見ると、「四」と「百」との間隔が「百」と「五」との間隔等に比し若干広くなつており、四のみがあとで書き加えられた可能性があるが、反対趣旨の証人大森の証言に照らすと、被告が甲第二号証についての記憶と混同して供述している可能性が否定しえない。)

(五)  証人大森の証言によれば、甲第一号証と同じ機会に作成された金銭借用証書(甲第二号証)の金額欄は、頼藤が書き入れたことが認められ、大森は、甲第一号証については右のように頼藤に金額を書き入れされる慎重な手だてを講じていない。

4  原告担当者大森が、八〇〇万円についての保証であることを説明したと認めるに足りる証拠はない。すなわち、

(一)  被告は、大森から八〇〇万円についての保証であることの説明を受けたことはないと明確に供述している。

(二)  これに対し、証人大森の証言は、融資するのは八〇〇万円の枠であるということは、われわれの営業の習慣からすれば一言位は言つている筈であるというものであり、右証言自体からも、しつかりした説明がなされたのか否か疑問が残るし、前記認定の契約書の作成状況に鑑みれば、証人大森の証言を直ちに採用することはできない。

5 以上の検討によれば、被告は、頼藤から一五〇万円の保証人になつてくれと頼まれ、大森から八〇〇万円の保証であるとの説明を受けることなく、一五〇万円の保証に必要な書類であると信じて、限度額欄に金額の記載もなく、継続的取引の保証の条項は他の約定とともに細かな活字により印刷された基本取引約定書(甲第一号証)に署名捺印したものであり、被告は保証の額につき少なくとも要素の錯誤があると認めざるをえない。

原告は、被告に重大な過失があると主張するけれども、金融業を営む原告としては、条項がきちんと記入された契約書の作成や契約内容をしつかり説明することによりかような錯誤の発生を防止することができるところ、原告がこれらをきちんと履践したとは認められないことは前記判示のとおりであり、それほど法律知識があるとは認められない被告がいわれるままに細字の継続取引の保証条項を含む基本取引約定書(甲第一号証)に署名したからといつて被告に重大な過失があると認めることはできない。

6  以上によれば、被告の連帯保証は、請求原因8(一)の一五〇万円分についてのみ有効である。

三以上の次第で、原告の請求は、連帯保証に基づき未払利息四七四四円並びに残元本三七万二三九九円及びこれに対する昭和六一年七月一六日から支払ずみまで年三〇パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官市川正巳)

別紙計算書<省略>

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